RISE weblog

RISE Productionアートディレクターの佐藤です、仕事上で感じた事からプライベートな事まで、こちらのブログに書いていこうと思います。

さらに先に行く画像制作のためのソフトか。

Autodesk MAYA

先日「あり得ない風景を見慣れてしまったのか」と言うエントリーで、CG画像と実際に撮影した画像とのクォリティとの差が大きく、たまにはお金をかけて心に残るような力強い画像を使いましょう。と書きましたが、先日Autodeskと言うハリウッドの映画制作に多く使われているソフトメーカーの、3DCG セミナーに行き、これから我々の業界が辿るであろう未来の制作の姿が見えたように感じます。

私が知っていた3DCGソフトは、クラッシック環境の頃からSTRATAなんてソフトが使われ、購入もしてみましたが、使うオペレーターがヘボなのと、周りに使いこなす人が居なかった事もあり、市販のエデュケーションブックを片手にチュートリアルをこなしてみても、作業量の多さと最終的な画像に書き出すレンダリング時間の多さから、レギュラーの仕事にも差し支えるし、上がった画像もいかにもCGと言う、どちらかというと稚拙な仕上がりだったため、それ以上スキルを上げる事もせずに結局は宝の持ち腐れに。

しかし先日のセミナーでは3DCGでの制作の流れが、メーカーの商品企画の段階からCADやCGを多用して行われている事から、そのデーターを有効に利用し、街やインテリアのCGの中に置く事で時間と費用を大幅に削減する事が可能になったとの事。

だいたい新商品なんて広告写真を撮影するのに、製品が形になっていない事は結構ざらにあり、大きなスタジオ内に部屋や街を再現した立込を何日も無駄にする事も珍しくはなかった。

メーカー側はモックアップの制作や、撮影に関する立込の費用やスタジオ代、カメラマンやスタッフの時間と費用など、トータルでの高効率化の恩恵を受けられ、制作側は計画的な時間と費用を配分出来、従来の制作ワークの他にもメーカーとの協力で環境別の製品シミュレーションなど、仕事領域の拡大が見込めるとの事、何だか話だけではよい事だらけです。

業界の再編成がありそうですね、まず物撮りのカメラマンにスタジオと、立込の大工さんが失業しそうです。その替わりCGのための小物のデーター作成や、ライティングノウハウを持ったカメラマンがCGデーターのライティング作業を行ったり、街や建物の壁や建具のマテリアルデーターを、現在のレンタルフォトエージェンシーのように切り売りで販売する会社が出てきそうです。

現段階でこのような仕事の流れは、けして普遍的ではないにしろ数年後には当たり前に感じているかもしれません。

私が15年前に印刷原稿の制作方法が版下から、イラストレーターのデーターを(まだPCの性能も余り高くなく、実画像をハンドリング出来る物でなかった)出力センターに印画紙出力を依頼し、台紙に貼った物にトレペに色指定して入稿していた頃、組み版としてレイアウトし、データ入稿していたクォークエクスプレスを見た時と同じような立ち位置にあるように感じます。

あの頃のクォークのバージョンは3だったと思いますが、確か値段は高価で4〜50万円した記憶があり、3DCGソフトの現在の価格もそれに近い金額だとは伺いましたが、その頃のDTPソフトがそうだったように、プラグインなどを揃えるとかなりの金額になりそうですね。




本能でブランディングを嗅ぎ分けている感じです

Gigazineの7/14の記事に【「小悪魔ageha」編集長にインタビュー、世の中には「かわいい」か「かわいくない」の2つしか無い】という中條寿子編集長へのインタビュー記事が載っていました。

最近は雑誌は余り読みませんし、ましてや女性誌に関しては性差の違いか、求める物の違いからか、銀行や病院の待合室に置いてあっても手に取る事はあまりなかったので、この「小悪魔ageha」という雑誌はせいぜい書店やコンビニで表紙を見た程度でした。

しかし、この編集長へのインタビュー記事を読んでみて、頭でっかちにブランディングを語る人たちの言葉と比べ、非常にシンプルで解りやすく、例えば本能で辿る道を選んでいるような明快さでブランディングを語っているようで、力強ささえ感じました。

実際に本としてはどうなのかと言えば、日本の代表的な女性誌のCanCamの34万6466部より下で、non・noの25万8648部より上の、公称30万部の発行部数を誇る雑誌だそうです。

詳しい詳細は実際に記事を読んでいただくとして、インタビューの中で気になった所をあげてみます。



書店売りしかない雑誌などは本屋さんに行って、すごく面白そうに感じた雑誌は買ってしまいますね。でも、最近は「これは伝説になるぞ、今のうちに買っておかないと!」って思うようなものはないですね。以前は伝説になりそうだなって思うものが結構ありましたけど。

伝説と思うものって、やってはいけないものだったり、完全に編集者が職人として作っているものが多いので、面白いものが多いんです。その代わりにクレームが多かったり広告が入らなかったりして、本として成り立たなくなるような場合が多いようです。だからなのか、最近ではそういった雑誌がなくなりましたね。



基本的に雑誌ってカルチャーやオピニオンと言われるような、興味を感じる・共感出来ると言った、読んでくれる読者をグイグイ引っ張っていくようなパワーが必要なんじゃないでしょうか、少なくとも十数年前のサブカルのリーダーと言われた雑誌にはそれがあったような気がします。

確かに以前と比べ流通している情報量は比べものにならないほど増えていて、その中でどう遊んで良いのか解らなくなっているような所があり、マーケティングとかマネージメントという点から効率化や、企業の窓口としてペイパブと言った形で本を切り売りし、買ってくれる読者の求める物が見えなくなっているのではないかと感じます。

これは雑誌を作る事だけに限った事ではなく、私たちが居る広告業界にしても、最近余り面白い広告が少なくなったと感じる所から、同じ所に原因があるのではないかと感じます。

また、以前このブログにエントリーした「選ばれるために」で引用した、作家の村上春樹さんが本の中で、お店の経営と作家としての活動の基本的なポリシーは変わらないとした文章と同じような事も言われています。



ageha:基本的には本当に読者が求めている事とか、共感できる事しか載せないのですが、得てしてそれって批判を産むこともあると思うんですよ。例えば深夜放送でやっていたことをゴールデンですると受け入れてもらえないみたいな。でも、わたしたちは自分たちの為に雑誌をつくっているのであって、正直agehaが狙っていない層の人に読んでもらわなくてもいいと思っているんです。けど、今はあまりにも広がりすぎていて、いろんな人が読んでいるじゃないですか。だから、わたしたちが感じた事を共感できない人とか面白半分で見ている人、「このメイクが変」だとか「この頭は何だ」という気持ちで見ている人からすると、不謹慎に見えたのかもしれません。

Gigazine:ここまでのインタビューで「読者目線」「わたしたちの求めているもの」という話しから今の話を聞くとなるほどと思いますね。

ageha:でも、それが分からない人にはわかってもらえなくてもいいと思っています。



この引用文はインタビューの最後の方に、雑誌で「飯島愛追悼ページ」について説明した文章ですが、全ての人に向かっていい顔は出来ない、私たちの求めている物はこれなんだ。と、雑誌が読者から求められている物を作り続け、「5万部にしてでもいいから、みんなで共感できるものをわたしは作りたいと思っています。」と締めくくっています。

しかしまさに手を挙げ表明するのがブランディングと言う事を、シンプルで的確に表現し、成功している事例だと感じます。




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