RISE weblog

RISE Productionアートディレクターの佐藤です、仕事上で感じた事からプライベートな事まで、こちらのブログに書いていこうと思います。

親愛なるチャーリーへ

VW広告キャンペーン.jpg クルマの広告.jpg

私が70年代の半ばに、グラフィックデザインを学んでいた頃、1963年に出版され、教材にも使われていた『フォルクスワーゲンの広告キャンペーン』(美術出版社)と言う本がありました。
主にLIFEやTIME・ニューヨーカーと言った雑誌に掲載されていた広告をまとめてありますが、制作していたのはDDB(ドイル・デーン・バーンバック社)という広告代理店です。
当時広告の制作手法と全く異なるアプローチで作られた広告で、掲載された当時はアメリカ国内に大きな反響を与えた広告キャンペーンでした。

その広告を日本に伝えたのが、TTCの名誉殿堂入りされた元コピーライターの西尾忠久さんです。
この本は、私たち広告を創る側の人間からバイブルと言われていた本で、80年代に入った頃には古本屋でも見つける事が難しい状態でした。

この本に収められている広告作品は、他社が新しい商品(車)にすると楽しい未来が、テレビドラマのような生活が手にはいるよ。
とイメージ訴求していた頃に、商品の優位性で他社との差別化をしたコピーと、奇をてらわないシンプルなビジュアルで構成された、現在の広告の原点と言える作品ばかりです。
このコラムタイトルにもある『親愛なるチャーリー』も、コピー制作に行き詰まった時のアプローチとして、広告を見る顧客を聡明な友人として仮定し、彼に説明するように書き上げ、最後に最初の一行のチャーリーを消せば成り立つなど、制作に対する見習うべき点が多数あります。
そんな本がKKロングセラーズ社から、新書として昨年12月に『クルマの広告―大人のための絵本 (ロング新書)』として発売されました。
値段はたったの¥950。

広告として発表され50年近く経った物ばかりですが、今見ても新鮮で説得力のあるコピー、見る者にスッと入り込むビジュアルなど、制作者だけではなく企業の広報やブランディングを担当する方達にも、一読していただきたい本です。




shi(f)t happens

アメリカ発の金融危機、輸出バブルの崩壊、それに伴う派遣労働者の就労問題、再び懸念されているデフレスパイラルへの不安、日本社会は大きな変化のまっただ中にいます。

社会環境が変化する事で、コンシュマーの購買意欲も変化し、今までと同じ手法では商品が売れなくなって来ています。

こんな時、社員を牽引する立場のリーダーとして、何をしたらよいのでしょうか。

吹き荒れる嵐が通り過ぎるまで、膝を抱えてジッとしている事でしょうか、それとも安全な場所へ移れる可能性が有れば、リスクを背負って新天地を目差すべきか。

環境が大きく変化しているのに、膝を抱えて環境が元に戻るのを待っていては、滅びるのを毎日眺めて暮らすようなものです。

本当に身動きが取れなくなってしまう前に、変化の予兆を掴んだら、先ずは何が出来るのか、売り物はなんなのか自分を正確に判断する事、次に変化した環境を掴み、その環境に適合できるように自らを変化させる事。

文字にするだけならばとても簡単なんですが、実際にやれと言われると、今ひとつ決断出来ないかもしれません。
ただ言えることは、この社会の変化に“誰も”対応したことがないこと。
誰もが正確な答えなんて持っていません、こんな時代のリーダーは「わからないからやってみよう」で、リスクを背負える能力が必要だと思います。

shift happens=変化(転位)が起きると訳されますが、shiftのfを取っちゃうとshit=くそです、きたなくてすみません。
スラングとしてshit happens=クソみたいなことが起きる(た)と解釈されていますが、こんな変化の時代は、進んで便所掃除が出来る(ような)人が、リーダーに向いているのではないですかね。

汚れ役を進んでするという意味ではなく、やらなければいけないことを前向きに進んで出来る人が、こんな時代に求められている、リーダーの資質ではないでしょうか。




事業効率を上げる労働生産性の向上と言う概念

巷では無駄なエネルギーを省く、省エネグッズが売れているそうだ、食品を包む使い捨てのラップの変わりにシリコンを使った繰り返し使えるフィルムや、ドライヤーを使わずに髪の毛を乾かすことの出来るキャップ、繰り返し使える充電型電池など。

社会生活の中でも無駄な物を押さえ、効率よく生活しようとの気持ちの表れからでしょう。

あなたの抱えている仕事は、どの程度の収益を上げ、どの程度の時間拘束で達成しているかご存じですか。
つまり個人で時間どの程度の収益を上げていますか。
また現実の収入は時給いくらぐらいありますか。

仕事に関しても企業の経営側の人間だけでなく、働く社員一人一人が自分の仕事効率を考え、改善を加えて行く必要もあるのでしょう。

OECD 対日経済審査報告書2008年版では、サービス部門に関して、日本は米国に比べ労働生産性水準は30%低いと言われています。

この労働生産性の低さから、非正規雇用が増えた原因の一つでもあると考えられるのですが、私のいるデザイン業界でも慣習で行うことが、とても無駄になっている事がまだまだ沢山あるように感じられます。

一つ一つの業務を改善し、効率を良くすることが出来れば、業務の時間短縮など仕事に携わる全員の利益になります。
慣例を変えるのは無駄と頭では解ってはいるのでしょうが、変えられない物の一つですが、現状を打破し前進するためには必要なことです。

媒体のプライオリティーの変化から、仕事の内容もずいぶんと変化してきた気がします。
以前は営業にマーケティング・媒体・アートディレクター・クリエイティブディレクター・デザイナー・コピーライターなどの職種に別れ、仕事をしてきましたが、これらの職種・職域も変わっていくかも知れません。




広告の未来が見えてきた。





新聞、テレビ、雑誌など、今まではこの3媒体に加えラジオを入れて、マスメディア4媒体なんて呼ばれていました。これら媒体は企業などの団体がスペースを購入し、伝えたい情報を広告としてコンシュマーに流す、一方通行の情報でした。

インターネットが普及し、Webの特性を生かした広告や、商品告知の方法は、今まで色々な方法使って試行錯誤を繰り返してきました。

その中でも、昨年のカンヌ国際広告祭2部門でグランプリを受賞した、ファーストリテーリング社の「UNIQLOCK」が、発想の斬新さ、ブログに貼ってもらうという媒体の使い方など、インターネットを使った広告の一つの方向性を示してくれました。

昨日初めて見た、SONYのビデオカメラHandy CamのWeb広告が、非常に優れた物でしたので紹介します。説明を聞くよりも、上の矢印をクリックしてみてください。

Web 広告の内サイトで良く見るバナー広告自体、効果的には相当目新しい商品など、それ自体に話題性がないと、ただ街で見る看板程度でしか見られませんでしたが、Handy Cam自体今まで長い時間をかけて特徴とブランドイメージを作り上げたおかげか、すんなりと作り手の思惑に乗せられる気軽さが感じられます。

メーカー側の購買ターゲット層も、お金を持っていない若い夫婦よりも、退職金や年金などで小金を持っているその親の世代を狙っている戦略に感じられます。

出てくるムービーは、子育て真っ最中の夫婦はもちろんのこと、自分たちの若かった頃とムービーを重ね合わせ、成長し嫁いだ娘の産んだ孫を見て、思い出という記憶から心地よさを共感させる事。

よく練られた良い広告です、特に成長した子供を持つ世代には、キラーコンテンツになる可能性を持っています。




景気が悪いのと、あなたがしょぼくれているのは別の話

しょぼくれた顔などと、人様の事を言えた義理ではありませんが、テレビニュースやバラエティー番組、雑誌や新聞など読んでみると、元気な人も暗くなるほど不景気の大合唱。

別の希望を抱かせる話題は、他国の大統領が就任したことを伝えるニュースぐらい。わが国は、と言えば首相の漢字力に疑問を唱えるぐらいしかできないのか、何とも情けないような。

確かに景気は悪いと感じますし、この先行きの見えない、時代への閉塞感すら感じます。

年末の非正規雇用の方達の扱いには疑問も感じますが、天下りで外郭団体の理事の職に就き、仕事もあまりせずに企業にしがみついているくせに、高給を貰っていることにも疑問を感じています。

雇用規制強化も、ヘタをしたら仕事自体がより安くできる海外へ持って行かれてお終い。で結局派遣労働者の救済には繋がらないという気もします。

こうやって自分でコラムを書いていても、暗いことしか思いつかないんですが、小さな有限会社で仕事し始め、もう15年経ちます。

事務所には時々作品見てください、と新人のイラストレーターさんやデザイナーさんがいらっしゃいますが、一緒に仕事したいと感じるのは元気で前向きな感じの人ばかり。

会社の業績が伸びず、営業しても仕事まで行き着けず「どうすれば・・・」と考えるのは当たり前なのでしょうが、せめてお客様の前では元気で明るくが原則です。

景気が悪いと、不景気な顔で仕事を取りに行っても、誰もくれませんよ。

役者さんの営業マンじゃありませんから、仕事をお願いして我が社も元気に、なんて夢など見せてはくれないでしょうが、せめて一緒に仕事して楽しい雰囲気はほしいですね、どんな仕事であっても。




進んで便所掃除出来る人

私ごとではありますが、家族構成は女房一人に子ども三人です。
かみさんは地域の基幹病院の副院長をしており、まぁ忙しく仕事しています。
当然家事は夫婦で分担して行っていますが、平日の食事の支度はかみさんの仕事で、掃除・洗濯は私の仕事と、暗黙のうちに役割が分担されています。
この様に大まかに仕事を分担して家事をこなしていますが、見ないふりをすれば見過ごしても体制に影響がない「誰の仕事でもない仕事」、お互いの仕事の隙間にあるような「トイレの掃除」が発生したりします。

本職はグラフィックデザイナーとして数十年仕事をしてきましたが、同じように「自分の仕事」「あなたの仕事」と「誰のものでもない仕事」があります。
「誰のものでもない仕事」はもちろん私の仕事ではありませんから、片付けなくても誰からも攻められるわけではありません。
この「誰のものでもない仕事」もほったらかしにしていると、「誰かがやらないと片付かない仕事」に成長して行き、その内に仕事全体を脅かす存在になってゆきます。

周りで一緒に仕事をしていく人たちの中で「仕事が出来るな」と感じるスタッフがいますが、たいていこの「誰かがやらないと片付かない仕事」を自らの仕事として進んで処理している人です。
最初に「便所汚いな」と汚れを見つけてしまった人が、掃除をする。
「自分の仕事」じゃない仕事も「自分の仕事」として手を動かす人ばかりだと、もう少しマシな社会になると感じるのですが。

しかし大きな組織の中には、色々な人が当然のように「出来るだけ自分の仕事を軽減することが労働者としての当然の権利である」と、いつの時代だよと言いたくなるような思考の人がいます。
技術を取得すれば、組織に依存しないでサッサと独立してしまう、デザイン業界には余りいない人たちですが、大きな組織で働く人の中には、この様な考え方を持つ人たちが沢山いるようです。

でも企業として成り立っていくためには、環境の変化に追従できる組織の柔軟性が求められます。
そんな企業を牽引していくのは「汚れを見つけてしまった人が、掃除をする」という人材だと感じますが、みなさんいかがでしょうか。




格好いいと悪いの境界

男でも女でも生き方が「かっこいい」と感じる人がいる、反対に「ウワッ、だっさーい。野暮だね」と思う人もいる。
商品でもそうだ、プレミアムブランドと普遍的なブランド、それの差ってなんだろう、って考えてみた。
ほら、一応仕事がねブランディングなんかも含まれているので。

日本人だからか、潔いという言葉が最初に思いついた。
潔い生き方、潔い辞め方、桜の花に人気があるのも「潔い散り方」だからと説明する人もいる。
生き方の美学?一言で言ってしまえば「武士道」なのでしょうか。


「武士道といふは死ぬ事と見附けたり。毎朝毎夕、改めては死に死に、常住死身になりて居る時は、武道に自由を得、一生越度なく、家職を仕果たすべきなり。」(山本常朝、『葉隠』)


常に己の生死にかかわらず、正しい決断をせよと説いたのだが、死んでも幽霊にすらなれない武士が、現世に命乞いしまでして生き延びるのではなく、限りある生を賭けてでも正しいことをせよ。
と言う有限の命の中での決断が「かっこいい」と感じさせるのだろうと。

反対に無限の命だとどうなのだろう、命を賭しての決断はなくなるよな、永遠の命なんて賭の対象にすらならない、貴重な命じゃなく、どこにでも大量にある海岸の砂みたいで、安っぽいものになるんだろうな。

かっこよく生きようとするには、有限という気持を心に持ちつつ、正しいと思う、責任を持つ生き方をせよ。

野暮でかっこ悪い生き方は、生き方に目的も節目も持たず、いつまでもモラトリアムの中で、ダラダラと生きることなのでしょうか?、早く大人になれよってか。

だいたい金やダイヤモンドみたいに、数が限られるから貴重であり、高価なんですよね。

かっこいいとかっこ悪いの根底には、有限と無限という概念があるのでしょうが、その間にある(だろう)ボーダーラインは、個人差やその時代の価値観があってハッキリと線は引けない。
経済成長率が高く、物価もインフレでドンドン上がっていた頃は、高価なもの、性能の高いものにプライオリティが高かった。
しかしいまでは小さいもの、効率の高いもの、再利用できるものなどがもて囃されるようになっている。

オピニオンリーダーとして、サブカルチャーの牽引役だった雑誌も、販売部数の低迷で休刊や廃刊が続いているが、地下鉄内の中吊り広告には「セレブのこのファッションを狙え」みたいな記事を堂々と謳っていた。

今どきまだモノの呪縛に囚われ、コンシュマーをリードする情報が「消費」じゃ、読者からそっぽ向かれてもしょうがない気がする。
いまの若い子達が考えている事とズレている気がする、セレブがまだ格好いいと思っているのだろうか、雑誌が売れればそう考える需要もあるのか、でもキレイなタレントが大きく出たこの中吊り広告を見て「この雑誌ダッセー!」と感じたのは事実である。




全てを見せることの不自由

人の能力には、一を見て十を想像する能力が備わっています。
私が仕事としているクリエイティブには、デザインを通して情報を整理し、見る人に伝えると言ったことを要求され、仕事としています。

しかし綺麗にデザインし、整理された情報だとしても、次から次へと情報の洪水として見る人に提供されても、果たしてその情報を蓄積してくれるでしょうか。

目からはいる情報、耳からはいる情報・・・、人間は五感を駆使して情報を入手していますが、入った情報で必要のない物と判断されると、記憶に残すことはないでしょう。

しかし広告は見る人に商品という情報を伝え、必要だと感じてもらい、購買に繋がらなくてはいけません。

なるべく他の広告と比べ、変化のあるビジュアル、コピーなどで見る人に印象づけるのでしょうが、人間の脳が頭に記憶として残そうというきっかけは何なのでしょうか。

それはやはり見たときに感じた「キレイ」「気持ちいい」「うれしい」「かわいい」と言った「心の感動」がフックになるのだと思います。


広告などのビジュアル表現では、商品の説明を写真やイラストで、特徴や機能を説明している物がありますが、そのような表現はまず心に残りません。

特徴や機能はボディコピーと言われる文章で、十分ではないにしろ説明できます。

ビジュアルで表現すべき物は、商品を印象づけて記憶してもらう事です。
そして興味を持ってもらい、ボディコピーを読んでいただき、購入に繋げる事です。


例えば人が人を好きになる事ってどうでしょうか、最初に会った第一印象で、言葉を交わして興味を持ち、会った印象から、言葉からその人の背景を想像し、全体像として作り上げるのではないでしょうか。

広告では限られたスペースの中で、全体像を全て伝えるにはムリがあります。

例えばモデルの顔の表情から、手の動きから商品イメージを想像させ、伝えることは可能です。

一番上にも書いた「一を見て十を知る」と言うことです。

ロジカルに全ての特徴を表現することよりも、全体を見せずに隠しておくことで、見る人が背景を想像してくれたほうが、印象に残るフックとなります。

マーケティングやブランディングに戦略があるように、一枚の写真を作り上げるクリエイティブにも戦略は必要です。




広報活動は経営の根幹と見なすべき

社会の経済活動は生活する人に、企業が物やサービスを提供し、それに見合ったお金をいただくことで成り立っており、必ず提供する側と、受ける側に別れている。

経済活動を一番シンプルに捉えると、以上のような物だろう。

物やサービスを知ってもらい、生活者に購入して貰いたいから広告があり、Webサイトがある。

当然、広告の制作やメディアを購入するのに時間も費用も掛かり、作り上げるための労力も大きいのだが、企業の広報活動の重要な一面でもある。

そう、たった一面なのである。

企業をマネジメントする立場の人間でも、広報活動の目的を、広告や会社案内作ったり、紹介するサイトを作るのが目的と考えている人が沢山いるが、それは手段であって目的ではない。

「広報活動とは、新聞や雑誌の紙媒体やテレビ・Webと言ったメディアを使い、企業の全ステークホルダーとコミュニケーションし、満足度を上げる活動である。」


この数年購入に繋げるため、顧客満足度を上げる必要性が高くなっています。

一つの商品広告やパンフレットと言った印刷物だけでなく、企業姿勢まで問われていますので、広報という仕事は一つの部署で完結する物ではなく、企業全体をマネジメントする非常に重要な仕事になっています。

満足度を上げるのが、なぜ必要かは愚問でしょう。
しかし、強いて言うならば商店街のお店から大企業までと、規模の大小を問わず、ブランディングと、顧客の囲い込みに繋がるからです。

うちは夫婦二人で切り盛りしている小さなお店だし、広報活動やらブランディングなんて関係ないとお考えのあなた、先ずは地道にブログから始めてみてはいかがでしょうか。

まず半年、一年と続けて行くうちに来店してくれるお客様が、来てほしいと感じているお客様に変化して来ますよ。

それと最近感じるのは一般の企業だけでなく、国の社会保障制度の一部でもある医療機関、それもクリニックや診療所と言った個人の病院ではなく、地域の基幹医療機関と言われるような規模の病院。

保健医療制度の基、医師や看護師など有資格者のリソースに限りがある中で、医療機関と患者のコミュニケーションを高めることで、診療効率を上げられる箇所が沢山あるように見うけられます。

確かに法律や制度でがんじがらめな所もあるのでしょうが、Yahoo!やgooなどの質問ページに通院していながら、アレほど問い合わせがあることを考えると、改善の余地がありと考えられるのではないのでしょうか。




こんなご時世だから本業重視で

新しい事業に足を突っこむのは、リスクが伴いますので、広く浅く事業を行うのではなく、専門の事業を深く掘り下げましょう。

と言う事なのですが、この社会変化が早く急激に起きている場合には、隣接する事業をも含めて掘り下げてみる必要があるのかもしれません。

つまり、様々な要因で携わっていた事業が、斜陽業種に変化していた場合、いつまでも深掘りしていっても傷口を広げるだけです。

何度か申し上げていますが、ダーウィンの進化論の中でも生き残る生物は、力のある生物でも、頭の良い生物でもありません。
環境の変化に様々な方向性を探り、自らを変化させ対応できる生物です。

企業も同じだとは思いますが、冒頭にあるように新しい事業に対して、リソースが無いのに新しい事業に足を突っこむのは無謀です。


行っている事業の何に、クライアントは対価を払っているのでしょうか。

技術力? マネージメント力? 先進性? 反対にクライアントが求める物は何ですか?

私の元々の仕事はグラフィックデザインですが、クライアントの多くは紙媒体だけではなく、Webを含めた社会全体に対するパブリシティを求めています。

以前でしたら専門外ですと断ってしまっていたかもしれません、でもウチも変化しているんです、歩みはのろいのですが。

広告代理店など、以前からワンストップで全ての業務を引き受ける企業もありますが、料金的なことを含め、まだまだ敷居は高いようです。

この先「事業を何か別の方向性も考えなければ」と聞かれたら、いきなり別の事業に手を出せとは言いません、多少なりと様子が窺える隣接事業に手を付けてみてはいかがでしょうか。

最初から社内スタッフだけでは難しいのでしたら、将来的には統合を考えた業務提携から始めるのも、リスクを考えると合理的だと思います。

それでもなかなか出口の扉が見つからない時は、我々のような外部の人間が見ることで、答えに繋がるかもしれません。
いままでの慣習からの視点を変え、自社の都合ではなく、顧客の考える業態から事業を考えることで、ブレークスルーに繋がると思います。




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