RISE weblog

RISE Productionアートディレクターの佐藤です、仕事上で感じた事からプライベートな事まで、こちらのブログに書いていこうと思います。

限界という概念がF1を撤退した理由か。

12月5日本田技研工業がF1からの撤退を発表しました、いちモータースポーツファンとして少し寂しい気もしますが、実のところ競技としてのF1にこのままでいいのか、と言う疑問があったのも事実で、同じF1に参加している他の自動車メーカーも、この後ホンダと同じように撤退を表明する企業が現れる可能性が考えられます。

同じバイクのツーリングクラブに所属する古くからの友人で、このホンダでエンジンの制御を専門とするエンジニアがおり、週末に会った時「F1撤退の話が出たね」と社内の雰囲気を聞いたところによると、社長の言う「自動車の販売不振が深刻化するなか、本業に経営資源を集中する」という言葉の裏に、もっと大きな企業戦略があるように感じました。

いままで社会や産業は限りなく成長を続けていける、と言った幻想から、今回のアメリカの金融危機を発端とする世界的消費の減退に、マーケットや産業、産業の結果作り出す廃棄物や利用している資源。この先内燃機関をより効率化し、いままでよりも数倍高効率でクリーンなエンジンになっても、インドや中国などの途上国の国民一人一人が自動車を所有する事で、排出される人に有害な排気ガスの総量は、現在と変わらなくなる事から、あらゆる事に限界があり、その内燃機関の効率を上げる実験室であったF1に巨額の資金を投入するよりも、再生可能なエネルギーを動力源としたクルマの開発に、全社一丸となって本腰を入れるための社内エンジニアに対して、ホンダという企業を取り巻くステークホルダーに対しての「アドバルーンとして」インパクトの大きい「F1から撤退」の発表に繋がったと感じます。

発表の際、報道陣の質問に福井社長が答え、「活動を止めることで、どういう結果が出るかは、3年から5年経ってわかること」「そのとき、いい決断だったと言われるようにしなければならない」とコメントがありましたが、企業としてはその先の 10〜20年後、100年後の社会を見据えた決断と言えるかも知れません。

社会を牽引する企業は、大量生産・大量消費、会社大もうけで急成長から、自社製品の成り立ちが環境負荷の少ないエコロジカルな事はもちろん、物事には全て限度があるという認識を持った、永続的な成長を求められる時代なのかもしれません。




パンドラの箱を開けてしまった、ライフネット生命。

やってくれました、ライフネット生命。なにをかと言いますと、いままで公表されることがなかった、と言うか閉鎖的な仲間内でヨロシクやっていた生保業界の「原価」をばらしてしまいました。詳しくはダイアモンド社のサイトをご覧頂く方が、私がチマチマ説明するよりも正確に伝わるのでは。

いままでの保険料は、純然たる保険料(原価)の他に、付加保険料という営業経費が加算されていたわけです。その付加保険料の中には、毎週会社の入り口や、エレベーターホールで待ちかまえるおばちゃんの人件費や、移動のための車両代金まで含まれているわけです、でもその比率が既存生保は大きすぎる。保険料を毎月毎月払っている被保険者は、内情も知らずに黙々と支払い続けているのですが、あまりにもでかい。

おばちゃん達を使わずに、Web上で契約を取るライフネットと、既存生保とでは付加保険料が5倍も違うんですと。そりゃばらされた既存生保の幹部は怒りますよ、営業のおばちゃん来なくてイイから、保険料下げろって加入者も思うでしょうし。でもばらされた以上、既存保険会社もおばちゃん達のクビ切ってでも対抗してくるんだろうな。

でもまぁこの時代に事業効率を上げる手段は正攻法とも言えるので、常識が無いと騒いでもユーザーに受け入れられない既存生保の負けだな。しかし原価よりも高い付加保険料なんて、そこまで人に頼らないと成立しなかった保険業界は、改革が遅れているのでしょうかね。ウチの業界印刷費に乗せるマージンなんて、良くて15%くらいなモンです。

金融業界でも、生保の業界で業界の再編がこの先進むでしょうね。・・・おれの保険料はこの先どうなるんだ?二十歳過ぎから掛けていた料金と、いま加入し始めた料金(原価、通常これに付加保険料が+)とであまり変わらない金額だもんな。とあまりにもビックリしたので口調がベランメー調で申し訳ありません。




厳しい年末になってきました。

新聞やTVから流れてくるニュースは、明るい話しは見あたらず、くらい話しが多く見られます。バブルがはじけた時もそうですが、企業の業績が悪化すると、まず削減されるのが広告宣伝費です。

トヨタ自動車などは社長自ら「広告費3割カット」を今年の8月に発表しましたが、自動車メーカーをはじめ大手家電メーカーも減産を発表するなど、日本の産業も足踏み状態が続いており、不景気という流れから財布の紐を締めるべく、外注費削減の一環で広告宣伝費を削減する、と言う図式が見えてきます。

大企業でしたらマスメディアへの出稿量を減らす事で、削減が目に見えるでしょうが、元々出稿量の少ない中小企業などでは削減=中止にもなりかねません。今までメディアへの出稿で築いてきた、コンシュマーとのつながりは、企業の大きな資産です。

いきなり全てをストップするのではなく、媒体や表現メディアを変えるなどして、コンシュマーとのコミュニケーションは、継続的に続けていかないと、一度離れてしまったコンシュマーを再び引き戻すためには、非常に大きなエネルギーが必要になってきます。

今まで複数の制作会社に個別に頼んでものを、年間契約で一社に絞るなど、企業の目的を見据え、長くつきあえそうな事務所と付き合うなど、腹を割って話す事も時には必要でしょう。

社会情勢を冷静に判断し、これからの目的を定め、手段としてのコミュニケーションツールがあります、クライアントとして厳しい時代は、制作側も厳しいのです。お互い頭に汗をかき、良い物を創る事で壁を越えるのが、最善の方法と考えます。




コミュニケーションの原点だ。

吉竹純:過去未来

物を創るクリエイティブの端っこで生きている者として、先日読んだ本で、日本語という言葉の持つ力、可能性、奥深さ、柔軟性を含んだ素晴らしい言語だと言うことを、頭を殴られたみたいに、力業で教えてくれたのが本書です。新宿の本屋だったでしょうか、平積みにされた短歌集はあまり見ないし、と言うか俵万智ぐらいしか見たことありませんが、表紙の蝶の絵が印象的で手に取り、中を2〜3行読んで購入しました。

短歌という五・七・五・七・七の三十一語で構成する、俳句や詩とは又違う表現方法ですが、最小限の言葉の中に、歌を見る人にその場の情景を頭に呼び起こさせ、詠み人の感情さえもその三十一語に凝縮して伝える、コミュニケーションの原点とも言える短歌集です。

日本語には一つの単語でも「ひらがな」「カタカナ」「漢字」と使い分けることで、伝えたいと思う表現が変化します、例えば「フランス」と国の名前を書くのと「仏蘭西」と漢字で表現するのとでは、受け手が感じる受取方も変化します。日本でコミュニケーションをクリエイティブしていく職に就く者は、この単語を自由自在に使いこなし、様々な情景を変化させ、日本語という言語を使いこなす必要があります。

この本の著者は、元電通のクリエイティブ・ディレクターをされていた方ですが、その使いこなし方は感動すら覚えます。納められている歌は全て新聞の短歌欄に掲載された物で、選者の評も併記されている物もあり、あまり短歌を読む機会のない方にも理解されやすい本になっていると思います。

クリエイターとして、写真や絵画、映画や演劇など、心の感じる物を数多く見、感動することが物を創っていく上での一つの糧であると信じています。コピーライターだけではなく、全てのクリエイターに読んでいただきたい一冊だと思います。

一応詳細を、投歌選集 過去未来
著者:吉竹純 発行所:河出書房新社 ¥1,600 ISBN978-4-309-90814-4
題名はAmazonのページにリンクしてあります




日本のこれから進む道

トヨタ自動車やホンダ、SONYなど、日本を代表とする製造業が円高の影響で収益が下がり、この先日本経済はどうなってしまうのか、誰もがこれからの生活に不安を感じていると思います。現実にボーナスが減額されていたり、契約社員が解雇されたりと、社会的不安要因は沢山あります。

今回の金融危機の原因となりましたが、いままで世界のリーダーとして君臨していたアメリカの製造業と比べるとどうなのか、今回の世界同時不況以前にも、アメリカ大企業の経営者と、平均的な労働者との賃金格差が約400倍になっていて、これほどの差が出ているのには疑問に感じていました。

それと株主資本主義とでも言いますか、利益の上がったもの全て株主に還元せよ、と言う「会社は株主のもの」の考え方にも同じように「良いのか?それで本当に」という疑問を感じていましたが、そのアメリカの後を追従する形で成長してきた日本の製造業は、いままでと変わらずに進んでしまっても良いものでしょうか。

現在ビッグ3の救済案が取りざたされていますが、日本や欧州メーカに比べ、環境への意識はまだまだ低いように感じますし、本来蓄電池やモーターなどの他業界のメーカーを含めた、全産業上げてのプロジェクトなのでしょうが、ビッグ3の対応は自社で仕切った開発をするのではなく、他メーカーが作り上げた製品を組み入れ、パソコンのように組み立てメーカーを目指している感じもします。確かにそのような製品を作ることで生き残るメーカーもあるでしょうが、企業には蓄積される技術はなくなってしまいます。

日本は本来資源の少ない、国土も狭く、人口密度の高い、どちらかと言うと暮らしてゆくにはハードルの多い、問題解決国家です。公害を始め環境問題、水の問題、エネルギー問題、農地などの農業問題等さまざまな問題を一つずつ解決してきた実績があります。これらは全て循環型社会を目指そうという、世界各国が求めている技術でもあります、やはり日本はさまざまな技術で成り立つ国家として有るべきなのかも知れません。

現在世界各国が目指す循環型社会ですが、百数十年前の日本は、文化溢れる成熟した循環型社会として成立していたことも忘れてはいけないと思います。




技術革新か改革か? 求められるイノベーションは何だ

スマートmhd

先日メルセデス・ベンツ日本がアイドリングストップ機構採用の「スマート・フォーツーmhd」を、12月に発売すると発表しました。この「mhd」とはマイクロ・ハイブリッド・ドライブの略で、現在トヨタ自動車やホンダで発売している、ガソリンエンジンをモーターでアシストするハイブリッドとは一線を画しています。どのようなハイブリッドかと申しますと、アイドリングストップ。

なんだベンツが創るハイブリッドだから、もっと驚くような技術てんこ盛りかと思いきや、頻繁なエンジン始動に強いバッテリーと、アイドリングストップ機構を制御するコンピューターで成り立っているものです。厳密に言いますと電気を効率よく作るオルタネーターと、スターターモータも違うそうですが。

いま日本でハイブリッド車と言えばトヨタ自動車のプリウスを思い浮かべますが、こちらの機能としては、ガソリンエンジンでは効率の悪い領域をモーターでアシストし、クルマ全体としてエネルギー効率を高くしようと、ブレーキング時に運動エネルギーを電気エネルギーに回生する装置もあり、非常によく考えられた、開発に時間もお金もかかっている製品です。

一台の車としての10・15モード燃費の効率はどうかと、比較してみると。
スマート・フォーツーmhd:23.0km/リッター
トヨタ自動車「プリウス」:35.5km/リッター

やはり根本から効率を重視して開発してきた「プリウス」にはかないませんが、軽自動車の多くが21〜23km/リッターの燃費ですから、高速道路での高負荷走行を考えた欧州車としては、かなり立派な数字です。しかし技術を一から開発した「プリウス」と、既存技術を集め製品にした「スマート」では、回収すべき開発費は天地ほどの違いがあるでしょうし、従来モデルからの加算される値上げ幅も少なくてすみます。

因みに「スマート」の従来のモデルから、どの程度効率化が進んだかは、 10・15モード燃費は従来の18.6km/リッターから約24%向上して23.0km/リッター、との事です。中長期な観点からすれば、現在の技術をブレークスルーしていく新しい技術開発は必要です。しかし自社に技術の蓄積がない場合でも、使い慣れた技術を組み合わせる事で、社会のニーズにあった商品を開発する事は可能です。

昨日のコラムにも書いたように、全ての利益を株主に還元ではなく、技術開発への投資をした上でイノベーションは継続的に続けて行くにしても、マーケティングの視点から既存技術を使った、新しい商品を開発する事も企業として考えなくてはいけません、脳みそにもっと働いてもらいましょう。




自動車製造業の未来は・・・

1980年半ば頃まで、世界各国の自動車会社は一台の自動車を作るのに、エンジンから足回り、電装系まで一部例外はあったにせよ、ほとんどのパーツを内製していました。これはパソコンなんかも同じですね、CPUからメモリー、記憶装置まで一台の全てを一つのメーカーで作っていた事もありました。

一つのメーカーでデザインや仕様を決め、社内で全てのパーツを作り組み立てる。そんな垂直思考的な社会がそこにはありました、と言うかエンジンの周りの補器の位置や、それに伴うスペースから導き出される足回りの設計など、そのパーツ一つずつを擦り合わせして行きながらでないと、一台の完成度の高い車として製品化出来なかったのかもしれません。

だからか海外メーカーの車には、電装系が弱いとか、ミッションのシンクロがすぐに逝かれるとか、いわゆる都市伝説的な噂も上がる事がありました。これは全てドメスティックな環境で一台の車を作る、一種のローカルルールがまかり通っていたからでしょう。

オートバイでも同じような事がありました、メーカーで付けてくるパーツは品質が悪いし、整備で交換してもすぐに壊れるから国産の部品に交換しました。などなど枚挙にいとまがありません、これなどはローカルルールで作った部品を整備するのにも、ローカルルールが必要だっただけで、そこを踏まえて整備すれば、それほど頻繁に壊れる事もなかったのです。

それだからか、そこに気がつき整備するメカニックに仕事を頼むと、壊れにくい車やバイクが出来たわけで、このメーカーの車は○○に頼むと良い、など専門化・専業化していったわけですね。

これからの製造業は、どんな製品を作るようになるのでしょうか。やはりPCのように、CPUやメモリー、基盤からハードディスクと言った記憶装置まで、専業メーカーで作ったパーツを集め、水平分業されたパーツで出来た一つの製品にしていくのが主流になってくるのでしょうか。

車などは環境対策というキーワードが言われ続けてはいますが、いまだに内燃機関であるガソリンエンジンに変わる動力源がない事から、他メーカーとの差別化を必要とするプレミアムブランドでは、エンジンとボディを自社で作るのはしばらく続くのでしようが、コンシュマー向けのベーシックモデル向けのエンジンなどは、モジュール化され様々なメーカーで使われてくると思います。

特にこの先、燃料電池や電気自動車などが出てくると、設計の自由度が増し、パーツのモジュール化もしやすくなるので、この流れは一層加速するかもしれません。その内に現在のPCのように、パーツを指定して一台のお気に入りを作り上げるような車が出来るかもしれません、チューンナップも専門雑誌の広告に「モーターを東芝製・新幹線と同じモーターでトルクアップ」なんてコピーが踊る日が来るかもしれませんね。




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