RISE weblog

RISE Productionアートディレクターの佐藤です、仕事上で感じた事からプライベートな事まで、こちらのブログに書いていこうと思います。

デジタル一眼レフカメラのムービーはいけるぞ

CANON EOS 5D Mark ii

 パソコンや家電製品、カメラや携帯オーディオなどいたる所でコモディティ化が進んでいますが、11月下旬に発売される、キャノンのハイアマチュア向け EOS 5D Mark IIが、先日メーカから正式に発表されました。

 8月27日にライバルでもあるニコンよりD90と言うカメラが発表されたばかりですが、このD90はスチルカメラなのに、ムービーも撮れるんです。撮影された映像を見ると、市販のデジタルムービーカメラに比べ、明るいレンズも使えるから撮影もしやすいな。なんて呑気に構えておりましたが、キャノンのEOS 5D Mark IIのスペックを見てびっくりです。35mmフルスペックCMOSセンサーを使った、2110万画素。高嶺の花であるEOS-1Ds Mark IIIと同じなんです。が、ビックリするのはまだ早い、ニコンのD90と同じようにスチルカメラでムービーが撮れるんです。

 ここにそのカメラで撮影した映像にリンクしておきますが、業務用のハイビジョンカメラと遜色のない映像なんです。・・・見た感じテレビと劇場用の映画くらいの差があるかも?、家庭用のデジタルムービーカメラに比べたら、格段に明るいスチルカメラ用のレンズが使え、この映像です。・・・ほ、欲しい。久しぶりに物欲に火が付くカメラが発表されました。

 ハイアマチュア向けですから、EOS-1Ds Mark IIIよりはお安いはずです。と言っても量販店のサイトにはもう予約受付してあり、Bodyのみで約30万円くらいでした。ニコンD90の三倍までは行きませんが、仕事用と考えると嘘みたいに安い金額です。

・・・さっ、稼がなくッちゃっ!




人が集まるところにお金も集まるのである。

 繁華街、鉄道の起点となる駅など、人が集まる街に住もうと考えると、土地の価格は高い物になります、銀座や田園調布と言ったブランドもありますが。人が集まるからなんかしらの商売が考えられ、お金を落としてもらえると考えるから、場所代も高いのです。

 テレビや雑誌、新聞と言ったメディアも、元はと言えば情報を発信することで人を集め、集まる人がいるから広告を載せるために、メディアのスペースを買う企業がいるわけです。

 最近はWebがメディアとして伸びてくる一方、マスメディアに対する広告の出稿量が減り続け、2006年にはとうとう雑誌の広告料を上回るようになりました。マスメディアと言っても媒体と社会のコミュニケーションが基本で、例えば新聞でしたら掲載する記事の客観的、世論としての判断と正確で社会に利益のある情報を発信する。テレビもニュースはもちろん、質の高いエンターテインメントの発信が、企業の使命としてあります。

 企業の経営者としては『企業の使命』にお金をかけていくのは、健全な企業経営だと思いますが、テレビ局社員の生涯賃金の高さに比べ、制作会社やその下請け、孫請け会社の制作費の安さが、番組ねつ造事件の発端になり、番組の質の低下を指摘する声が上がったのも記憶に新しい物です。

 さらに追い打ちをかけるように一月ほど前、媒体料売り上げが予定を下回ったと、各テレビ局も制作費の削減が発表されています。

 そんな中昨日『ゴールデンタイム平均視聴率 NHKが民放を抜いた』なんて記事が出ていました。また、『フジテレビ『印税スター誕生』の横暴に出版業界が大激怒!?』なんて記事も出ていました。「メディアが売れなくなったから、他に売れるもの探して稼ごう」は、けして間違えではないと思いますが、民放キー局は何でNHKの平均視聴率を下回ったか、もう一度自分の足下を見直すべきと考えるんですがねぇ。オリンピックは世界最高峰のアスリートの戦いを見るためにチャンネル合わせるのであって、お笑い芸人のゲーム解説なんかあまり見たくはなかったなぁ。

・・・今さらお前なんぞに言われたくないってか。(笑




軸足がぶれていますけど

 私スポーツは下手です。以前はマスターズ水泳なぞ参加していましたが、肩を壊してからはスポーツクラブも辞めてしまい、運動らしい運動もしていませんから、今はやりのメタボリックな体型です。

 水泳などはあまり利き腕など影響しませんが、野球やテニスのように投げたりボールを打ち返したり、体を回転させる動作には回転する軸をピシッと安定させていないと、コントロールが定まらなかったり、打った球がどこに飛んでいくかはボールのみぞ知る、な状態になってしまいます。

 仕事でも同じようにどこの視点で物事を判断するか、と言うディレクションする思考の起点がハッキリしないと、“誰”に対して“何”を伝えたいかが曖昧になってしまいます。私どもの仕事ではクライアントさまから依頼があり、始めて仕事に取りかかるわけですが、何度かお仕事を頂いているクライアントさまだと、競合プレゼンが前提ではなく「この様なお題でこんなものを制作してください」とお話しがあるわけです。

 今の時代社会の変革で、自分の会社の事業がこのまま続けていけるか、将来に対しての一つの提言も兼ねての制作なのですが、近い将来にはマーケットが萎み、業態を変革しなければいけないのは目に見えているわけです。

 クライアントさまは高度成長期で業績を伸ばした業界でも大手企業ですが、現状のメインのマーケットであるファミリー層から、違うマーケットに移行するための事業形態を模索されているのです。

 現状の業態を残しつつ事業を少し縮小しつつ、様々な業態とのコラボレーションでシナジー効果を発揮させるというのはお約束でしょうが、混沌とした社会では業態に多様性を持たせ、伸びていきそうな業態に投資することで成長していくのです。

 場合によっては業界全体を一度解体し、リストラクチャリングまでを視野に入れる覚悟が必要な時代になってきているのですが、覚悟が足りないというか、少し前まで上げ潮に乗ったような現状を忘れられないのか、ハッキリと見えない将来が漠然と怖いのか・・・、ああしたい、こうしたいと、あちらへフラフラ、こちらへフラフラ。

 人が集まる箱を作りサービスするだけではなく、作るため、維持するためのノウハウはたくさん持っているんだから、ソフトを提供するサービスも考えられるでしょう。

 そんなあなたの会社はどうしたら?と悩む前に、自分(会社)の立っている位置(社会的ポジション)を確認し、何ができるのか、何を求められているかを正確に把握するのが、今行わなければならない仕事です。

PS:少しだけ事実で、ほとんどはフィクションですよ。(笑)




過剰反応ではオオカミ少年になりますよ

 大きな組織で次世代の事業形態を模索する時、必ず一度や二度出てくるのは、まだどうなるのかハッキリしないものに過剰反応してしまい、慌てて色々な情報を集めた末にパニックに陥り、正確な判断ができなくなってくる事、大体そんな時は意見も堂々巡りをし始め、結論も見えなくなってきます。戦争や災害など原因がハッキリとしている場合を除いて、社会はもう少しゆっくり変化してゆきますので、慌てずに。

 確かに将来に対し変化の振れ幅が、今まで以上に大きくなりそうだと不安はあるでしょうが、来てもいないオオカミにおびえるのではなく、沢山ある社会のつながりから正確な情報を入手し、事業の本質で関わりがあるものから、企業の未来像を描く事です。できれば自社の目ではなく、お客様の視点で評価すべきですね。

 声の大きな人、著名人など意見の影響力が大きい人には見る人によってバイアスが掛かってきますので、情報の本質を理解し、対極にある情報を調べるなど、表層に流れる情報だけではなく変化する事象の本質を掴み、判断する事が大切ですね。

 でもそんな情報をたくさん抱え、自社の持っている資産・資質と言う視点から情報を俯瞰して切り取っていくと、新しいマーケットも見えてくるんですよね。その新しいマーケットが将来実を結ぶか、あまり予算を掛けずに事業を始めて見るのも、変化する時代に対しての多様化を模索する、一つの答えでもあります。




制作物の著作権は大丈夫ですか

 広告やパンフレット・ホームページなど、制作を依頼し出来上がった物にも著作権があります。もちろん中に使われている写真やイラスト、文章を考えてもらったのでしたらコピーライト、地図や表など作図してもらった物には、それぞれに著作権が存在します。この他にも写真で風景を撮影した場合、中に写った人の肖像権なんて物も出てきます。

 つまりパンフレット用に撮影した写真は、撮影したカメラマンに著作権が存在し、著作者の許諾なしにホームページやその他印刷物に写真は使う事ができません。また、パンフレットを制作し、イラストレーターやpdfファイルのデータを著作者から受け取り、後日第三者がそのデータを利用して修正し、印刷する事は制作したデザイナーの許諾がない限り認められていません。

 制作者がおり、著作権を放棄しない限り、全ての制作物には著作権が存在すると考えて差し支えないでしょう。以前までは制作依頼の流れが代理店などを通し、原稿制作のノウハウも必要だった事から、著作権は比較的厳密に守られてきましたが、パソコンやソフトの発達でコモディティ化が進み、制作を依頼し、お金も払ったんだから、後はデータをどこで、誰がいじっても問題ないと考えるのは、ちょっと早計です。

 軽い気持で改変、使用した場合、著作者から訴えられる可能性が全くないと言い切れません。制作を依頼する広告の制作会社や、個人のデザイナーなどは、制作物に関しての契約書を交わす慣習をあまり持ち合わせていません。しかしハッキリさせないと寝起きが悪いとか、後々うしろ指さされたくない時は、ぜひ契約書を交わしましょう。

 文化庁のサイトに著作権に関しての分かりやすく、契約書まで作れるサイトができています。お役所が作ったにしては良くできている、と言ったら語弊があるでしょうか、使えるサイトだと思います。制作物を依頼する側、受ける側にも必要となる法律です、一度見て次回からでも活かしてください。




クリエイティブは模倣から始まる

 私の好きなアーティスト、エゴン・シーレにフェルメール、日本は元禄時代に生まれた尾形光琳・俵屋宗達などの「琳派」と言われる画法のアーティスト達。奇しくも現在東京都美術館・東京国立博物館ではフェルメール展と大琳派展が開催されています。それぞれ人気が高く、休日にはじっくりと見ることが難しそうなので、時間が自由に取れる立場で平日にと考えてはいますが、最近公私共なかなか忙しく、まとまった時間が取れずに未だ行けずじまい。

 永いことこの仕事をしていますが、電車内の中吊り広告や新聞広告など、心の琴線に触れる広告が少なくなった気がして成りません。なんだか決められた枠から抜け出せずに“まぁいいや”の気持ちが、クリエイター・クライアント側両方にあり、そう感じさせているのかも知れません。

 でも、誰に対して何を伝えるのか。を冷静に考えればキャッチコピーやタイトル、写真など構成要素に自ずとプライオリティーが決まり、それに対して慣習に捕らわれない自由な、新しい表現を行っても良いはず。そう横組みされたコピーの中に、流れを崩す縦組みのコピーがあった方が、フックとして気持ちが伝わるかも知れません。

 でもなんだかコピーはブロックとして四角の枠にはまった組み方で、伝えるべきセンテンスが埋没し、全体的には可もなく不可もなしな感じで、小さくまとまったデザインになっている気がします。

 デザイナーはレイアウトを考え、写真やイラストのトリミングを考え、文章の組み方を考え、伝えるべき要素を伝える順に目立つ方法を考え、一つの紙面を作っていきます。根源的にはバランスですが、心に残る色や文字の組み方を引き出しに仕舞い、表現に繋ぐ行為がクリエイターの仕事です。

 一から十まで、全てオリジナルの考えで作り上げる物など、認知されることは少ないと感じます。誰かが見たことのある既知感を相対的な判断で表現しているのです。だから、デザインするクリエイター達は枯れることなく、新しい表現を頭の引き出しに仕舞い、あんな事やこんな事にはこれ、と表現できることが基本にあると思うのです。

 引き出し作るのに、投資していますかー!!・・・今日来た洋書屋さんが言っていました。Tipsが載ったハウ・ツー物はそこそこ売れるけれど、美術書は全然売れないと。




欲しい人が居そうな場所に、商品を置くのが商売だ。

 何を今更ではあるが、欲しいと思わない人の居るところに、いくらイイ商品を置いても、買ってくれないのである。だって欲しくないんだもん。野村総合研究所から「全国のエリア別所得・金融資産を推計」と言ったリポートが公表されていました。

 主要私鉄沿線別に世帯当たり年間所得・上位10路線が公表されていましたが、10路線のうち首都圏の私鉄9社が占め、首都圏以外では関西の阪急今津線のみエントリーでした。世帯当たり金融資産・上位10路線では全て首都圏の私鉄で占められています。年間所得・金融資産両方に於いて京王井の頭線がトップでしたが、ランクインした路線全て内陸に向かう路線で、東京・横浜の沿岸を走る京急線はいずれも圏外のようです。

 所得水準の高い地域と金融資産水準の高い地域の比較の数字を見ると、居住者のアウトラインが少し見えてきます。東急田園都市線と、同じ東急大井町線とでは大きく違いますね、この公表された沿線以外の、JRや東京メトロの各路線のデーターも見たいモンです。

 この様な所得水準・金融資産水準でだいたいの居住者層が見えますが、実際に沿線の駅周辺に行き、スーパーや書店、レンタルビデオショップで置かれている商品を見ると、食や芸術的な文化度というのがよく分かってきます。特にレンタルビデオショップに置かれる商品が、アニメ?・名作?・バラエティー?・AV?どう言ったカテゴリーが多いのかによって、住む人たちの嗜好を読み取る事ができます。

 街を歩き、そこにあるお店の商品を見る事でもどんな人が住み、どんな商品を望んでいるのかのマーケティングはできます。一度自分の足元をじっくりと見て、客層をじっくりと判断し、商品構成を見直してみる事は、定期的に行うべきですね。




その印刷物、自己満足のため?

 様々な企業が、社員というステークホルダー向けに「社内報」などの印刷物を制作し、配布していますが、多くの企業がライターなどプロの手を借りず、広報課などのスタッフが原稿の作成を行っています。

 でもねぇ、個人のブログやmixiの日記書くように原稿書かれても、ダラダラと長いだけで何を伝えたいか理解するまでに、凄く努力を要します。

 デザインなどで、少しでも読みやすいように工夫し、文章をキチンと読んでもらえるよう、写真や表などでリズミカルなレイアウトで作るにしても、限度があります。

 社長や役員の方の方針や、プランを余すところ無く伝えようと、全てを文章に書きだすのかもしれませんが、文字が多ければ多いほど逆効果です。

 利用のされ方としたら、自宅に持って帰り見出しだけ見て、梨の皮をむいてゴミ箱に捨てる時の包み紙になるのが唯一の有効利用かもしれません。

 経営者は何を伝えたいのか、自分で咀嚼して方向を吐き出さないと、喋った言葉を単純に文章にする事は、その内にコンピューターでもできるようになり、そうしたらあなたのする仕事は無くなります。文章が長くなりそうならば、箇条書きも要素がハッキリとしていて有効的です。

 長い文章を書き上げる満足だけではなく、「読んでいただく方がいかに理解していただけるか」に仕事のポイントを置くべきです。バイトやパートと言った時間をお金に換える仕事もありますが、ナレッジワーカーの仕事は量ではなく質ですよ。

 広報物を発行する目的は、情報を伝えるためであり、けして印刷物を作る事が目的ではありません、それは手段です。

 見ただけで拒絶されるような印刷物は、作り手の自己満足のためにお金を使っているような物で、無駄です。




このままだとやばい、、、どげんかせんとイカン!

で、さてどうしましょう。

以前は順調に売上も伸びていたんですがねぇー、最近伸び悩んでいて今期赤字寸前。なんてお話しは掃いて捨てるほど聞きます、何かしなきゃいけないのはよく判っていますが、具体的に何をすれば良いんでしょう。今流行のインターネッツでお客さんを集めるために、ホームページを作りますか? 雑誌や新聞に広告載せますか? 目的も決めずにあれこれやってしまうのは、沈みかける船から逃げようとパニックになったネズミです。

以前買っていただいたお客様は、商品のどんなところに魅力を感じ、購入してくれていたのでしょう、安全性?信頼性?デザイン性?価格?。

売れなくなってきた原因はなんでしょう、競合他社が新製品を発売した?材料費の高騰で買い控えされた?社会通念上、使い方が認められなくなってきた?

先ずは売れなくなった原因をキチンと分析してください、その分析によって今ある商品に手を加え、競合他社より便利で使い勝手やデザインも良く、より安価な新製品を出しましょうか。材料費の上がり下がりの影響を受けない新素材を捜しましょうか。使い捨てや健康意識を考えた商品を出しましょうか。再び売るための新しい武器を手に戦場に戻るか、見切りを付けその業界から撤退するか、それとも競合他社の作れない、新しいセグメントの新商品を開発しましょうか。

商品に手を加えるにあたって、どこにお客様のニーズがあるのかを判断してください。お客様の意識やニーズ、社会環境が変化するから求められる商品も変化します。しかし変化が大きすぎてもう井戸が涸れたと感じられたら、撤収の時期かもしれません。一度社内の人的資産や、知的資産の棚卸しをして、変化し続ける社会の要請に応えられるよう、事業の多様化が転ばぬ先の杖になるかもしれませんね。




ライフサイクルを考えてみる。1

新しい技術が新しい商品を生み出し、飛び抜けて目新しい技術が入った商品ほど、ライバルは見あたらなく、一台一台も手作りに近く、作りも凝った構造が喜ばれ、ニッチで客単価の高い高価なマーケティングで、ある程度のユーザー層が出来た段階でブランドが成立します。企業としては一人勝ちのこの段階が一番美味しい期間かもしれません。

その内にライバル企業から、手の内を読まれ、より付加価値の高い商品が発売されます。最初に発売した企業は、より使いやすく、より高機能な商品を開発するなど、複数の企業がしのぎを削り合う事で、ユーザー人口も爆発的に増え、商品の生産台数が桁違いに増えて行き、一台の値段も新商品として発売された頃から十分の一程度の値段に落ち着いてきます。

これがコモディティ化と呼ばれ、量産化で単価が低くなり数を売るようになります。その内に単一機能の製品はユーザーに行き渡り、売れなくなってきますので、他のセグメントの機能を合体させた商品が出てきたりもします。ここまで普遍的な商品になってくると、単機能の性能がいくら高くても、性能に見合うだけの金額で買ってくれるユーザーはほとんどいなくなり、買い換え需要が大きなマーケットになってきます。

だいたいこんなところが、一つの商品カテゴリーといういわばミクロな視点で見る誕生から終焉でしょうか。家庭用ビデオデッキやウォークマン、と言った商品を思い出すとそんなライフサイクルだったと感じられますが、社会環境と言うマクロの視点で業界を見てみると、変化が早くなった現在、商品カテゴリーだけではなく、一つの業種にしても、このライフサイクルが当てはまるように感じます。

特に近年、職人の技をコンピューターが肩代わりする事で、消えていった職業が幾つもあります。私が仕事をしているグラフィックデザインという業界だけでも、写植屋さん・版下屋さん・製版屋さんのほとんどが消えていきました。Web業界でもhtmlやCSSのコーディングをメインにやってきた事務所は、生き残っていくのに厳しい時代になるでしょう。




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