RISE weblog

RISE Productionアートディレクターの佐藤です、仕事上で感じた事からプライベートな事まで、こちらのブログに書いていこうと思います。

人を惹き付ける「引力」

昨日は、東京ミッドタウン5階の DESIGN HUB で行われた、若手アートディレクターの森本千絵さんの講演会に行ってきた。参加しているZUAN圖案という浅葉克己さんが会長を務める会が主催で開いたもので、年に2回ほど講演会を開いており、前回は佐藤卓さんの講演だった。今回は私と比べるとずい分と若いクリエーターの方でしたので、行こうか行くまいか迷ったのですが、人の話を聴くのは非常に楽しいので参加してきましたが、講演会場となる DESIGN HUB のリエゾンセンター自体が5〜60人しか入れない小じんまりとした会場ですので、プレゼンターと参加者との距離感も近く、会場に向かうエレベーターに乗り合わせたのが、私とプレゼンターの森本さんと、やはりアートディレクターで大先輩の佐藤浩さんの3人でした。

浅場会長を始め、カメラマンの十文字美信さんなど、クリエイターとして沢山の人に認められた方たちの講演を聞いた時に感じていた何かが、この若い魅力的なアートディレクターにも備わっていると強く感じました。

その人達に共通する“何か“とは何なんだろう?と、漠然と考えていた時リーダーとして登録してあった電通のさとなおさんのブログにあっけ無く載っていた。なんともはや便利な世の中になったものです。

「セダクティブというキーワード」と言うエントリーですが、私自身この言葉を知らなかった。氏の言葉によると、“Seductive(セダクティブ): 魅惑的な、誘惑的な、人をひきつける
派生的に超訳すれば、「一緒に仕事をしたくなる」「まわりに人が集まる」「まわりを巻き込むチカラのある」みたいなことまで広げられるか。” とあるが、講演会に参加してみて感じたことはプレゼンターの皆さんにはこのような周りの人や物を巻き込んで進んでいくような、勢いや力を感じていました。

このような勢いや力と言った個人のパーソナリティーは、クリエイターだけが必要としているのではなく、会社やグループなどのリーダとなる人が持っているべき資質なのでしょう。

自分が面白いと感じ、その面白さを他人と共有し面白さを大きく膨らませ、さらに多くの人を巻き込んで大きな渦を作っていくのが、リーダーなのだろう。昔まではその役割は雑誌等の既存メディアが担っていたが、今はブログやTwitterなどのソーシャルメディアに移行してしまい、今までと違う環境に戸惑いを感じて手を出さないでいることから成長という循環が切れてしまい、落ち込んだような“元気のない社会”になってしまっているのではないのでしょうか。

コモディティ化が進んだ業界で、選んでもらうための差別化があるとすれば、このセダクティブというキーワードだと思います。アートディレクターの皆さん、周りのクリエイターを巻き込んで、楽しいと感じられることを沢山やりましょう、大きな渦を作ってクライアントまでも巻き込みましょう。

なんか今まで原因がつかめなくモヤモヤとした感じがありましたが、解決したような気がします。ありがとう、森本さんとさとなおさん。




7月16日 金曜日の夕刊

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そろそろ梅雨も開けたかと感じるほどの暑い一日だった16日の夕刊に、Tokyo Art Directors Club展の告知広告が載っていた。今までの広告もADC賞展、と言うよりはコピーでのメッセージを全面に出したTCC(Tokyo Copywriters Club)みたいな広告が多かったのも確かですが、今回のキャッチコピーは「企業の繁栄のためにはアートディレクターが必要ですよ」とでも言いたげな「社長の横に、アートディレクターを。」というメッセージ。

確かに、コモディティー化が進んで誰でもがデザイナーですと宣言してしまえば、なれてしまう職業ですし、そんなデザイナーも増えているのでしょうか、デザイナーという肩書きを持った人は以前よりも増えているような気がします。簡単に出来る仕事になったからなのか、コンセプトや内容を詰めないで安易に出てくる広告に「オイちょっと待てよ、広告はもっと大事なモノだよ、しっかりと作り込んで出せよ」と業界の重鎮の方たちからのメッセージだったのかもしれません。

以前のブログにも何度か B to C で商売する企業は、広報という考え方を企業TOPは持たないと、コンシュマーやカスタマーといった顧客とのコミュニケーションが、これからの企業経営には重要になっていますよと書いてきましたが、今回のADC賞展の新聞広告は、それをもう一歩踏み込んだ意見だったように感じます。

社内の人材をアートディレクターに並ぶスキルを持たせるために教育するよりも、優秀なアートディレクターを引っ張ってきちゃったほうが簡単に良い人材を取れるとは思うんですが、海外支社を作るときにその海外で人材を求めるよりも、社内の人間に語学研修させて送り込むといった、余り効率的と言えない風土が日本にはありますからね、浸透するにはかなりの時間がかかるような気がします。




商売を続ける為にヤッテはいけない事

私たちの住んでいるこの日本の基本となる部分を見返してみると、自由主義社会ですから自分が欲しいと感じるものは自由に選んで所有することが出来ます。水や空気のように当たり前のこととしてそこにあるものだから、システムとしてあまり気にしたこともないのでしょうが、企業でも個人商店でもお客様に商品やサービスを提供する対価として報酬を得る事で社会は成り立っています。

カスタマーやコンシュマーが欲しいと感じる商品を提供し、満足を与える事で評価を得、利益につなげる。サービスや商品を提供する側は、けして顧客の希望を裏切らない姿勢で対応することで、お互いに信頼関係を築き、企業としてもその評価に見合うポジションを得る。商品やサービスは技術革新などで新しい製品などに変わってきても、顧客と企業の関係は上記のサークルを回し続けることで永続的な評価=価値を得るわけですから、この完成されたサークルを維持するためのエネルギーを惜しんではいけないはずです。

私事で恐縮ですが、今月そんなことを感じさせる出来事が、幾つか続けざまに起き、顧客への対応の仕方が、伸びてきているメーカーの製品と、以前はAV機器の頂点を究めたと感じていたメーカーですが、最近落ち目ではないかと騒がれるメーカーとで、ずいぶんと姿勢に差があるなと感じましたのでブログをエントリーしました。



割れた液晶

一つは、昨年秋に購入した地デジ対応の液晶テレビで、長男がテレビのあるリビングでポータブルゲーム機で遊んでいるときに、間違えて目の前にあった扇風機を倒し、液晶を割ってしまったこと。購入した時の製品価格が20万円を少し超える金額でしたので、メーカーの出値を6割と見てその製品の中でも一番お金がかかっていると考えられる液晶パネルをまるごと交換しますので、出張修理は10万円を少し切るぐらいと考えていましたが、かかった費用は5万円を少しだけ上回る金額で済みました。

もうひとつは偶然にもその液晶テレビと同じメーカーの製品で洗濯機ですが、我が家は子どもが3人いて全員学生、しかも2人は運動部で洗濯物の量は毎日半端ではありませんが、かみさんも働いていますので、一度に洗える洗濯物の量は超えていると理解していても、時間もないので無理してでも一度で洗ってしまうこともしばしば。これを6年近く続けていたのですが、洗濯槽の羽根が回らなくなってしまいましたので、修理を依頼し、サービスマンに出張してもらいました。結果はモーターの軸と羽根をつなぐスプライン(溝)の摩耗で羽根が空転していたことが原因。これを見てサービスマンは、メーカーとして製品の材質を決める研究材料として調査するので、今回の修理代金は無料とさせていただきます。と。

確かにモーターのシャフト側と、羽根に刻まれたスプラインが同じ材質だと、同じように摩耗してしまい、場合によっては羽根だけに収まらず、モーターも交換すると修理費が高額になってしまうので、羽側にあるスプラインの材質をシャフトよりも柔らかいものにすることで、安い羽根だけを交換する事で顧客の負担を軽くすることが出来ます。同じような家電製品はどこのメーカーも同じように、修理しても顧客の負担を軽く済ませるように設計しているとは思いますが、顧客側に使用上の過失があると分かっていても、そのメーカーの製品を長く使い続けてくれる事がCSにつながるとの判断で、製品のメンテナンスを行ってくれるのを目の当たりにしてしまうと、心のなかの好感度は2段階も3段階も上がってしまいます。

そして残念と感じた側の製品は、大手のAV機器を中心に扱うメーカーで先進的な製品を幾つも市場に送り、多くのファンが居るメーカーのポータブルナビ。長男が高校生になり、一人で自転車に乗りフラッと長距離を走るのが好きなので、迷わずに帰ってこれるようにと、自転車利用をメインに考えてあり、量販店の中で展示してあるものを見ても、手軽でぴったりだと思ったので入学祝いにと購入したものです。その時は自転車に取り付けのパーツの在庫がなかったので、一緒には購入できなかったのですが、よく行っている量販店でもあったので、注文も出さずに今度来たときにでも購入しようと軽く考え、本体だけを購入して帰りました。
2ヵ月後の6月に行く用事があったので量販店で在庫を聞いてみたところ、本体はまだカタログに載ってはいるものの、取り付けパーツに関しては製造中止になってもう手に入らないとの答え。現在でも本体のカタログには自転車で使うのにぴったりと製品のキャッチコピーで歌っているにもかかわらず、自転車に取り付けるパーツだけ手に入らないとはどういうことなのか、お客様相談室にメールで問い合わせしましたが、メーカーの都合で申し訳ございません、ご理解くださいと返事が帰ってきました。

自転車での利用をメーカーが推奨し売り出し、その目的に合ったので購入したのに、2ヶ月の時間差で自転車に取り付ける方法はユーザーで考えて取り付けろと言われたようでメーカーに裏切られた気持ちです。

製品を考案し販売した時点と思惑がちがい、思ったように売れなかったので新たに製品のラインを動かすことをしなかったのかもしれませんが、ほとんど同じくらいのサイズで上位機種をカタログに載せているのですから、取り付けパーツは汎用品として共用にしたって構わないはずです。製品を考案しデザインする段階でも顧客の存在をあまり考えず、メーカーの都合だけで製品を販売しているんだなと感じました。

今まで私はそのメーカーの製品が好きで、オーディオ機器からビデオカメラ、PCのモニターからテレビやゲーム機などたくさんの製品を購入してきましたが、顧客のことは考えずに製品化し、その責任を全うしない企業体質になってしまったこのメーカーの製品は2度と購入しないだろうと感じています。大きくなりすぎた企業を一度解体し、コンシュマー向けのメーカーの名前は中国企業にでも売却し、パーツをメーカーに収めるだけのメーカーとしてリスタートしたほうが良いのではないでしょうかね。




身につかないスキル

もう仕事でPCを使うなんて当たり前、って何年前の話してんだよと笑われますが、業務用のドキュメント制作からプレゼンテーションまでと、何でもかんでも大体はひとりで出来てしまう。でもまぁ、中には営業用のツールとして商品案内の簡単なチラシやカタログのようなものを文章作成ソフトのWordなどで作り、プリンターで出力したものをお客さんに説明するときに使ったりしているよね。

日常的に顧客の要望にあわせた形でプレゼンも変化させる必要があるだろうから、使い慣れたソフトはスキルも付いて、作業効率も高くなるでしょうが、プリンターで出力ではなく、部数も多いので印刷しようとデーターを作ろうとすると、ほとんどのソフトは印刷用データ作成に適していなかったりしていて、印刷が上がってみたら思っていたモノとは程遠く、ガッカリする事もあるのではないでしょうか。

印刷については、まだ文章を構成する通常の仕事の延長線上にあると言えなくもないのでしょうが、Webサイトのページの追加や修正だとしたら、ソフトウェアのプログラミング業務のSEの方が近いしね、学生の頃などプライベートでいじっていない限りhtmlとかCSSとか言われても訳分かんないよね。

大体そんな時の仕事は自主的に行うよりも、上司からの一言でお前やれと貧乏くじ引くように、ウムをも言わさずにやらされる事も多いでしょう。

ソフトをいじるスキルも持ち合わせないでしょうから、本屋でエデュケーションブックを買ってきて、トレーニングやチュートリアルを作ったり、SNSのコミュニティーで解らないことを質問してみたりと、作業効率は低い上に短い期間で繰り返し同じような仕事があるわけでもないので、ソフトを使いこなすスキルが身につくはずもなく、一生懸命努力して作った割には評価も低く、仕事を振り返って見てみると無駄に時間を浪費しただけと言うことにもなりかねません。

事業として利益を上げるためには簡単に考えても商品をもっと買ってもらうか、買った時に頂いたお金をどれだけ使わないでいられるか。前者は商品の魅力をどれだけアピール出来るかでしょうし、後者は社内の仕事をどれだけ効率的に出来るかでしょう。今まで外注費という形で外部に支払ったお金を内制という形でプールしても、まだ人件費も安い若い人に作らせるとはいえ、その効率がいつまでも悪いままではね。

とは言え、たまに出てくる問題の、しかも一つ二つの部署のために専門教育するよりも、総務部門で社内のドキュメントマネージメントと制作・教育担当のなんでも屋として、非常勤でもいいから経験のあるアートディレクターを雇ったほうが中長期で見ていくとメリットがあるんではないでしょうか。

現在は業界全体に仕事も少なくなり、事務所を閉じる優秀なディレクターが市井に溢れていますから、買い手市場で質の良い人材を容易に手にも入れることが可能だと思います。機材の進化でコモディティー化し、内製で業務効率を上げることが出来るということは、その業務の仕組やシステムまでの責任までも背負い込むことですよ。




最近の若いもんは。

昔から世代間のギャップで年寄りがボヤく言葉ですけれど、50歳を超えた私でも見た目若作りしていますので街の中で合う若者たちにそれほど違和感なく付き合えて(いるつもり)います。でも最近仕事をしていて、どうも気になることが目につきましたので、なんで?と朽ちつつある脳みそを働かせて原因を探ってみました。

なんで?と感じたものはいくつかの会社の「会社案内」のパンフレット。担当者いわく、殆どが2〜3年前に制作され、それを毎年修正して印刷してきたものと言うことですが、ページ構成なども含めてあまりにもパッとしないデザインが並び、どちらの制作会社を使って作ったものかを聞くと「今まで会社案内などの印刷物の制作をしたことが無いのだけれども、付き合いのある業者が出来るということで依頼して作った。」と言われていました。

う〜ん、その制作した会社のことはよく知りませんが、今までも納入実績はあるので先方の担当者とも話を詰めることができるし、印刷物の制作もDTPソフトをハンドリング出来るスキルさえあれば制作可能だから、新規事業としての可能性も考慮し仕事を受けた、と言う感じでしょうか。

今まで専業でなかった業種でも、スキルを持ったデザイナーを確保できれば誰でもが印刷物を納品することができますし、デザイナーもグラフィックとDTPを学ぶ学校を出て、いくつか仕事も任せてもらえるようになると、こんなビジュアルでこんな表現したい。
・・・と若いデザイナーたちの発想力や表現方法などは、今も昔もさほど変化はないのでしょうが、クライアントから「こんなイメージで、これを訴求ポイントとして企業の全体像を表現したい」とお題がだされ、何案か作ってプレゼンをし、この方向で行きましょうと決まれば、後は細部を担当部署と詰めていけばほぼ完成です。

と、ここまで見てみると意外と簡単ジャーン。と感じられるかもしれませんが、クライアント、制作会社とも作り慣れていない場合、ドラマはここから始まります。

制作会社側がある程度の企業規模があり、複数のスタッフを抱え、コピーライターやデザイナーは制作に専念し、営業がクライアントとの窓口になっている会社がたくさんあります。通常営業はクライアントの意向を制作側に伝えるため、双方とのコミュニケーションが非常に重要で、当然社会環境からクライアントの立ち位置を理解し、企業戦略の一ツールとなる会社案内のあるべき姿を持っていないと、双方の交通整理は上手く出来ません。

作り慣れていないクライアントの担当なども、見た目がパッとしないとか、写真が暗いとか文字が多くて何が言いたいのかよく理解出来ないとか、主観的な意見をバシバシ言ってきますから、それを客観的に見て方向を修正していかないと、大阪に向かって走っていたものが、着いたら札幌にいたなんてことになりかねません。

専業でそのような仕事を長い間続けてきた会社は、社員スタッフの層が厚いんです。先輩について叱られながらも長い間仕事をしますから、ノウハウがそこで伝承されていくんですけれど、異業種から参入してきた会社は層も薄く、主観的な意見で方向がブレて行っても軌道修正することができず、戦略ツールとしてふさわしくなくなったのではないか。
と言うのが最近の仕事で見て感じたことです。

まず仕事のノウハウが上下の間で伝承されていない。もうひとつはツールとして、クライアントと最終的な姿の共通認識が出来ていない。こればかりはインターネット上に書かれている記事を読んでも身につきませんから、経験するしかないのでしょうね。

でも、版下作成からデーター入稿、CDやMOなどのメディアを受け渡す入稿から、ファイル転送サービスを利用した入校へ、などと、仕事の効率化を進めて行った結果でもあるので、クライアントと制作会社とのコミュニケーションの絶対的な時間の減少はしょうがないのかもしれませんが、その質を落とす要素を排除していくマネージメントを実行しないと、新しい事業を継続していくのは難しくなるかもしれません。

・・・なんだ、若者の話じゃないじゃん。タイトルに偽りありだな。(笑

つい最近、こんなお話も耳にしました、あなたならどう応えます?。
会社案内の校正紙を先方のとある部署の偉い人が見たときに、ボディコピー文中の平仮名の“お”が小さく見える、20ページのパンフにある“お”の文字全てバランスよく大きくしろ。

非常に個人的で主観的な意見だと思います。翌日その校正紙見たら大きく見えないかもしれません、書体も歴史ある書体メーカーの基本的な書体です。キャッチコピーや商品ロゴと言った、限られた文字組の中の一文字ではありません。怖いのは文字のバランスが崩れて、文字組がオーバーフローする可能性がある事、クライアントの窓口も制作側の担当者も、偉い人の意見だからとただ受け入れてしまうのはいかがなものかと感じますね。




企業トップがやっておくべき事

一口で企業と言ってしまいましたが、まぁピンからキリまでありますので、一応中堅どころの企業としておきましょうか。十数年前に某企業さんの社員向けに「広報マニュアル」を作り、専門部署でない社員に広報の仕事を認知させるためのものでした。それを少し現在に合わせる形で、このブログにも掲載していますけれど、専任の担当者が読むマニュアルではなく、広報という考え方を社員全員が共有し、社会と向きあいましょうといった趣旨のマニュアルでした。

先日仕事のお話をいただいた法人さんの広報担当者に「ここまでベースが出来ているので、法人独自のアイテムを入れ、社員用のマニュアル作りませんか」と問いかけしてみたが、重要度は理解しているが、現在はまだあその時期ではないと言うお返事を頂いたが、新しい通信機器と言うか、デバイスが登場してこれからさらに大きく社会が大きく変化していく変節点を見逃すと、将来へ向けての方向性を見誤るよ、と言いたくて今日のブログにしました。

新しいデバイスなんて大上段に構えるものでもないのでしょうけれど、要はiPhoneとiPad の二つの機器の登場です。

なぁーんだ、と思われるかもしれませんが、この2台の機器の登場がユーザーに諸手を挙げて受け入れられているところを見ると、今後後発各社から似たようなコンセプトの機器が多く発売され、様々なサービスが提供されていくでしょう。

電子書籍は言うまでもありませんが、様々なコミュニケーションがこのデバイスを通して行われることになると、そのサービスを提供してゆくサービスも今までの概念から出てこなかったものが、沢山出てくる可能性が大いにあります。

今そんな新しいサービスを模索している人たちは、社会に出た頃にはインターネットと言うインフラがあったところに生まれてきた人たちで、紙と電話で仕事をしていた人たちとは思考そのものが違っています。そんな思考の人達が欲しいと感じるものを、紙と電話で仕事していた人たちにプランしろと言っても、魅力あるモノは出来ませんよ。

例えば先日の事業仕分けで話題になった運転免許の更新の時に配られる教本なども、このデバイスを使えば本としても使えるし、見なければいけない映像だって見ることができますし、正誤のアンケートを取ることさえ可能です。

そんな人達でさえ、スタンドアローンのPCに、記憶デバイスの容量を競ったクリックとポインタで閲覧するサイトで育ちましたが、iPhoneやiPadの世代はタップ・アンド・スクロールで、データーはすべて外部サーバーへの保存と言うクラウドが基本で、どこからでもアクセスし利用できます。

そんな環境で育った人たちが求めるモノやサービスを考え、作っていけるのは同じ環境で育った人たちに任せた方がいいものができます。いいモノやサービスができると同時に、それを広める方法もその世代の人達はすでに持っています。

今まで企業の一部署で行われてきたことが、個人単位でも出来る環境になってきているのです。だからこそ一人ひとりが企業の顔として発言してもおかしくないように、企業が社会とのコミュニケーションを専任の部署だけではなく、多くの社員が共有することが、より大切になってくると思います。




これはもう新しいメディアの登場と見なすべきなんだろうな

iPad

何がってiPadですよ。今までこのようなガジェットが登場すると、出来る機能からこれは◯◯と、例えばカメラであったり、携帯音楽プレーヤーだったりと、分類してそこにはめ込むようなポジショニングをしていたと思う。でも日本で売られている携帯電話は、カメラが付いて音楽プレーヤーとして使えて、お財布替わりに使えようが“携帯"と言うカテゴリーから抜け出せないでいた。

日本以外では、PCの携帯端末と言うポジションでスマートフォンと言うカテゴリーが出来、ウィンドウズ携帯や、Googleの作ったアンドロイド携帯などが登場したが、iPhoneなどは登場してからだいぶ経つがスマートフォンのカテゴリーで呼ばれることは少なく、iPhoneはiPhoneのままです。

年をとってしまうと、外に出ている時にネットに繋がっていないと不安なほど外出はしないし、自宅や事務所といった拠点ではスムーズにネットに繋がることが出来ているので、このような優れたガジェットが登場しても必要とされるプライオリティーが低く、未だに買えずにいますが、家族でひとつの携帯キャリアを使っていると、新しいキャリアにはおいそれと移れないと言うのが正直なところでもあります。

しかし今回発売されたiPad。一つ一つの機能を見ていくとあまり目新しいものは見当たらず、ノートパソコンの機能がもっとシンプルに、簡単になったくらいでしょうか。

たしかに自宅で使っているノートパソコンも、使っているのはデジカメで撮ってきた写真のブラウザーとして、メールやインターネットでの情報の入手やコミュニケーション、iPodへのコンテンツの管理が主で、せいぜいかみさんが自宅で仕事で使うパワポやエクセルのデーターいじる事ぐらいしかしていないから、自宅のPCに高度な機能がなくてもあまり困らない。

でも今までだってそんな機能に特化した安価なNet-PCも有ったのに、iPadは多機能なNet-PCではなく、iPadなのだろうか。やっぱりマウスやトラックパッドを使わずに使えるタッチパネルと、iTunesから必要なサービスを必要なときに必要なだけ使えると言った、ハードとソフトが使い易いようにインテグレートされた事が一番大きいのではないでしょうか。

先にも書いたように特別新しい機能は特にないが、クラウドコンピューティングという視点からすると、必要十分な機能で長くもなく短くもない「ちょうどいい」と言ったところですかね。

そこが安く提供できることで、プライベートばかりではなく、様々な分野で導入することによって仕事を効率的に出来るようになることから、新しい商品ができたと言うだけではなく、それを使って新しいワークシステムを提案するリストラクチャリングが始まったと言っても過言ではないでしょう。

仕事を効率的にこなすように出来ると以前はオフィスのOA化などと言いましたが、iPadの登場で仕事のiPad化と言われるようになるかもしれません。印刷の雑誌や書籍は減るかもしれませんが、動画として動いたり、気になるところはさらに深掘り出来るようになったり、雑誌も一冊という単位ではなく、アルバム内の一曲だけ購入するような細分化した情報のみ購入出来るようになるかもしれません。

今は必要のない情報でも、読み解くに連れ興味が出てくるといった今までの雑誌の良さはどうする。と言った論議もあるでしょうが、必要なものだけ必要なだけ手に入れられるインタラクティブな新しいメディアの誕生と受け取った方が見誤らないと思います。




考え方に煮詰まったら。

いやぁー、ずいぶんと久しぶりのブログだわ。こんなに開けてしまったのは初めてかもしれません。
言い訳としては、事務所の移転でバタバタとしていて時間が取れなかったことでしょうか。

バタバタとしていて何を書こうか頭に浮かばなかったのが正確なところでしようか。


久しぶりのブログネタとして、仕事で気がついたことですが、今お手伝いさせていただいているのが、飲食店の最適化と言うべきお仕事。本当ならばリニューアルと言う形でスタートするのが最善なのでしょうが、このご時世で投資額はなるべく抑えた形でやっていきたいとのこと。だから出来る所から少しづついいと思われる方向に軌道修正を加え、本来あるべき姿のお店にしていくというストーリー。

オーナーさんは外国人で、中で働く従業員もすべて外国人。当然、お店の舵取りをするオーナーさんの、生まれた環境や育った環境が日本とは全く違い、お客である日本人が求めるもの、避けているものが判らない。オーナーが狙っているのは、日本食で言えば寿司や天ぷらのような専門店の料理を、居酒屋的なカジュアルさで提供すること。お店で出している料理を幾つかいただきましたが、たしかに非常に美味しい料理で、メニューを見ても値ごろ感を感じる、どちらかというと安いと感じさせる品揃えでした。

もともとの話として、人づてに店内のメニューの改訂を頼まれたことがキッカケですが、こんな感じにしたいと要望を聞きながら打合せしていると、オーナーがこんなお店にしたいと狙っているものと、現実のお店にたくさんのギャップがみえてきたことでいくつかの修正点を提案をさせていただき、それが認められて全体的にお手伝いをさせて頂く事になりました。

まず気がついたのはお店のファサードにつけてあるお店の顔にもなっているテント屋根、普通このようなテント屋根には「この店はこう言う店です」と、〇〇料理の店とか居酒屋とかサービス内容を誰が見てもわかりやすいものにするところが、スペイン料理を地中海料理と宣言しているような少し的を外した表現。それと料理のバリエーションを紹介するのにドアを除くファサード一面に貼られた料理の写真。店内はテーブルを照らすスポットライト中心の照明で、部屋全体は少し暗い感じ。バーやクラブなどの飲み屋さんみたいに落ち着ける雰囲気を狙ったのだろうが、この雰囲気がカジュアルな気軽な雰囲気を大きくスポイルしている。

まず最初にやるのはテント屋根の表現方法の修正。店名をきちんと認識してもらうためにも店のロゴタイプを作成と、誰でもがわかるような店のカテゴリーをバランスよく入れる。

次は塞いでしまって中が見えないポスター・張り紙類の整理、店内が見通せて雰囲気が確認できなければ、通りすがりのお客さんは入ってこない。

店内の照明、全体的に明るくする必要は全くない。人は眼に入るものが明るく感じるかどうかで全体を判断するので、視線の高さにある部分を明るいクロスに貼り替えるか、壁を照らすウォールライトに替える。店内が暗く感じるから、あまり見られたくない厨房の中がカウンター越しによく見える。

お店の人が外人なので良くわからないから、必ず顔写真入りの名札を付けることと、初めて来てくださったお客さんに顔写真が入った名刺サイズの、Shopカードを渡して挨拶すること。そのカードには飲み物などのサービス券として使えるようにし、来店者から紹介受をけて持参してくれた方には、他のサービスと同等以上のサービスを約束すること。

最後はメニュー。印刷物としてのメニューを作り直すのは簡単だけど、品揃えとして何を食べたらいいのか判断がつかないお客さんに「取り敢えずウマイからこれだけは食べておけ」的なツマミとワインかビールの飲み物のセットを開発する必要がある。メニューの構成として目的を持って料理を食べに来るお客さんは、アラカルトでも解るのでページの後半にし、コース料理を見習ってサラダから始める必要はない。

とまぁ、こんなところでしょうか、なかなか思うように収益が上がらないと思って一人で悩んだり、色々な本を読んだりするのもいいのですが、他業種の人に話を聞くのも見方が変わって解決へのヒントが出てくるかもしれませんね、と言うお話でした。

でもなぁ、本当は近くにある大きな会社の従業員に向けて、通勤時間帯に駅でのチラシの配布を行うべきと言ったんだけれど、やるかな、あの店長。




1+1は?

昔からありましたよね、一つの機能を持った製品に、もうひとつの機能を持たせることで商品価値を大きく上げることが。例えばラジオにカセット付けたりCD着けたりで、ミュージックセンター的なポジションを得て、ラジカセはあの頃一人に一台くらいみんなが持っていました。

PCなんかもアプリケーションをインストールすれば、あんなことも、こんなことにも使えちゃったりな、マルチに使える道具ではありますが、同一カテゴリーのものを併せてひとつの製品は当たり前で、1+1は2ではなく1×1は1ですから、ラジオとカセットを組み合わせてラジカセと言うことではなく、何だかパッとしない業種と新しく出てきたサービスを組み合わせると、とても魅力的な取り合わせに見え、1+1は3にも4にもなりそうと感じましたのでブログにしてみました。

それはFM局でやり始めているラジオとTwitterの融合と、i-Phoneなどのスマート・フォントの組み合わせ。

テレビでもそうなんでしょうけれど、マスメディアの流すコンテンツが視聴者に受け入れられなくなってきたときには、ドメスティックな方向に進んでいくと考えていました。AM放送なんかでも、商店街に出かけて行って買い物する奥さんとコミュニケーションしてみたりと。

特にラジオなどは音声だけですから、勉強しながらとか仕事中手を動かしながらとか、何かをしながら聴くリスナーが多いと思います。友人などはPCで企画書書きながらモニターの横にi-Phone置いてTwitterのタイムラインを見ながら仕事していたりしています。

私は殆どテキストの作成はGoogle ドキュメント使っていますので、ブラウザーにメールやiGoogleなどのタブをつけ、Twitter Gadgetなどでタイムラインを覗いていますので、スマート・フォンなどの別ガジェットは使っていませんが、友人はテキスト入力しながらラジオを聞き、番組と同時進行で送られてくるツイートで画像を見たりしているそうです。

マスメディアとソーシャルメディアの融合で、スポンサーとそのマーケットとのコミュニケーションに、これほど可能性を感じたことがありません。簡単に思いつくのが宝探しと鬼ごっこ?

こう言う新しいものを創出するのは、頭を使って会議室で出てくるアイディアより、遊びながら出てくるアイディアの方が大抵面白い。ユーザー参加の番組でもラジオは音声だけだから匿名性が保たれるし、聴きながらゲームの当事者になった参加意識もできるし、スポンサーにうまくゲームとをコミットできれば面白いのが出来そうな気がする。

そんな番組など、出てくるのは思ったよりも早いかもね。




濃ければ毒、薄めれば薬。

インターネットが社会生活に及ぼした様々な影響は、各界に非常に大きな変革をもたらし、それによって沈んで行った会社があれば、反対に表舞台に出てきた会社もあります。今までに情報の発信元だった各メディア関連は沈んでゆく業界なのかもしれません、反対にインターネット関連業界は、波があるにせよ概ね順調なように見えます。

沈んでゆく業界で食べている企業や、ベンチャーとしてこれから世に出て行こうと起業されたトップの方達は、生き残るために必死にマーケットの変化を調べ、それに応える形で自身も変化させていくよう、いろいろとチャレンジしているように伺えます。

尻に火がついた状態で必死に生き抜こうとしている業界がある反面、それほど景気の影響を受けずに済んでいる業界があるのも事実。特に古くからある国家試験という高いハードルを超える必要がある医師や弁護士、会計士などの業界は景気の影響で多少の浮き沈みはあるものの、比較的穏やかな水面で泳ぐ水鳥のように見えます。内情は知りませんので、水面下では必死に水を掻いているのかもしれませんが。

でも、大きな風の吹いていない業界にいると、インターネットがもたらした社会の大きな変革を、新しいパソコンが出たぐらいにしか感じないで、あまり本質まで突き詰めて考えたりはしないんだろうな。特に企業のトップに近い5〜60代の人達は、簡単に調べられたりタダ同然で画像やドキュメントが送れる便利なサービス、程度の認識だとするとその企業の将来はあまり明るいものには見えません。

ではどの様な社会の変革なのかと言われると、実生活社会の他に情報という社会が出来上がったと言うことではないでしょうか。その社会は原則的に平等で上下の関係も無く、たいていの情報は無料で手に入る。

こんな環境で育った人たちは当然と言って良いくらい、それを理解しない人たちと価値観が大きく変わります。政治にしても大企業のトップに居る人達も暮らしのシステムを作る側が、まだ古い環境で育った人たちで作っていますから、新しい環境で育った価値観の違う社会的変化も穏やかに見えるでしょうが、新しい環境で育った人たちがシステムを作る側になると、社会的に大きな変化が出てくると思われます。

まずは意思決定までのスピードでしょうね、それと場所に囚われない柔軟性もそうでしょうか。議会などでもみんなで集まるのは本会議だけで、委員会などの議論はクラウド上のドキュメントに、認証を得た議員たちが書き込み、それを閲覧する利害関係者立ちがTwitterのハッシュタグを着けたTL上で、ワイワイやっているとかね。

企業のトップは今の段階で何をすべきかは、社会状況が変化したときにも会社が対応できるよう、全社員にソーシャル・メディア・コミュニケーションのリテラシーを持たせる事に尽きるでしょう。

何かが起きてそれに対処するだけではなく、変化するであろう社会へ向けた体質改善は必要です。大金をはたいてキャンペーン打つ必要なんんかありません、企業とそのマーケットのコミュニケーションをどう取るか、社員一人ひとりが企業の顔としてどうコミュニケーションをリードしていくのか、広報という考え方が企業の未来を左右するように成ると感じます。




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